1 ベクトルポテンシャル

1.1 復習(静電場のスカラーポテンシャル)

静電場のときに話したポテンシャル2$ \phi$は、

$\displaystyle \boldsymbol{E}=-\nabla\phi$ (1)

と決めた。これは、 $ \nabla\times\boldsymbol{E}=0$が成り立つため、スカラー場 $ \phi$を使うことができた。今までの学習してきた言葉で言えば、電圧の変化 の割合が電場である。このポテンシャルは、位置 $ \boldsymbol{r}$のみの関数で、座標 が決まれば、値が決まる。これは、山の高さみたいなもので、地図の上で経度 (x座標)と緯度(y座標)を決めれば山の高さ($ h$)が求まるのと同じである。そ の山の勾配が $ \nabla\phi$である。 $ \delta\boldsymbol{r}$移動したときの、山の高さ の変化$ \delta h$

$\displaystyle \delta h=\nabla h\cdot d\boldsymbol{r}$ (2)

と書けるだろう。したがって、微分の規則から、勾配の演算は

$\displaystyle \nabla h=(\frac{\partial h}{\partial x},\, \frac{\partial h}{\partial y},\, \frac{\partial h}{\partial z})$ (3)

となる。

山の中をうろうろして、元の場所に戻ると、その位置エネルギー3(mgh)の変化 はない。これは、山の高さ(ポテンシャル)、あるいは位置エネルギーが座標 $ \boldsymbol{r}$のみの関数であるからである。このような場から、導かれる場を保存 力と言う。万有引力、重力、弾性力、静電力などがその例である。ポテンシャ ルエネルギーを $ u(\boldsymbol{r})$とすると、保存力 $ \boldsymbol{F}$とは

$\displaystyle \boldsymbol{F}=-\nabla U$ (4)

の関係がある。そして、物体が点 $ \boldsymbol{r}_1$から $ \boldsymbol{r}_2$に移動する場合、 この保存力がする仕事は、 $ U(\boldsymbol{r}_1)-U(\boldsymbol{r}_2)$となる。途中の道筋に よらない。

静電場の多くの問題は、電荷密度が与えれている場合、電場分布を求めること になる。この場合、このポテンシャルは非常に便利である。通常の問題であれ ば、直接電場を求めるよりは、ポテンシャルを求めてから、それの勾配を計算 することにより電場を導くのが簡単である。具体的には、ポアッソン方程式

$\displaystyle \nabla^2\phi(\boldsymbol{r})=-\frac{\rho(\boldsymbol{r})}{\varepsilon}$ (5)

を解くか、その解である

$\displaystyle \phi(\boldsymbol{r})= \frac{1}{4\pi\varepsilon_0} \int\frac{\rho(\boldsymbol{r}^\prime)}{\vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime\vert}dv^\prime$ (6)

の積分を計算するかである。問題に応じて、使い分ければよい。

1.2 静磁場のベクトルポテンシャル

静電場の場合、ポテンシャルの考え方は非常に強力である。同じようなテクニッ クが静磁場の計算に使えれば便利である。静電場の場合、 $ \nabla\times\boldsymbol{E}=0$と式から、スカラーポテンシャル$ \phi$と言うものを 使うことにした。不幸なことに、静磁場の場合 $ \nabla\times\boldsymbol{B}\neq 0$な ので、静電場のようにはいかない。静磁場の場合、

$\displaystyle \nabla\cdot B=0$ (7)

を使うことになる。発散がゼロなので、 $ \boldsymbol{B}$は何かの回転と書くことができる。 要するに、

$\displaystyle \boldsymbol{B}=\nabla\times\boldsymbol{A}$ (8)

である。これを、式(7)に代入すると、 $ \nabla\cdot(\nabla\times\boldsymbol{A})=0$で、確かに良い。この $ \boldsymbol{A}$をベク トルポテンシャルと言う。

スカラーポテンシャルの場合、それに任意の定数を加えても、静電場は変わら なかった。そこで、計算が便利なように、 $ \phi(\infty)=0$と基準ポテンシャ ル(基準電位)を決めた。ベクトルポテンシャルも、任意の定数を加えても、そ れが表現する磁場を同じである。ベクトルポテンシャルの場合、さらに任意性 があり、任意のスカラー場$ \psi$の勾配を加えても、それが表現する磁場は同 じである。すなわち、

$\displaystyle \nabla\times\boldsymbol{A}=\nabla\times(\boldsymbol{A}+\nabla\cdot\psi)$ (9)

である。

このような場合、計算の都合の良いようにある条件を課して、パラメーターの 自由度を減らしておくと良い。スカラーポテンシャルの場合、無限遠点で、値 をゼロに決めたようにである。静磁場の計算では、

$\displaystyle \nabla\cdot\boldsymbol{A}=0$ (10)

とするのが都合が良い。これを、クーロンゲージと言う。なぜこれが都合が良 いかは後でわかる。ところで、磁場を変えないで、この条件を満たすことがで きるのだろうか?。$ A$に任意のスカラー場の勾配を加えることが可能であるこ とは、先に述べたとおりである。それでは、 $ \nabla\boldsymbol{A}\neq 0$である $ \boldsymbol{A}$に任意のスカラー場を加えて、発散を計算してみる。これは、

$\displaystyle \nabla\cdot\boldsymbol{A^\prime}=\nabla\cdot(\boldsymbol{A}+\nabla\cdot\psi)$ (11)

となる。$ \psi$は任意に選ぶことができるから、

$\displaystyle \nabla\cdot\boldsymbol{A^\prime}=0$ (12)

とすることができる。なんとなく良いように思えるが、本当かなー、よくわか らん。実際は、良いのであるが、ほかの方法を考える。

もう少し元に戻って、ベクトルポテンシャル $ \boldsymbol{A}$は、式 (8)を満足すればよいだけである。 $ \boldsymbol{A}$を決めるためには、そ の発散を決めればよい。その発散は、どんな値をもとりうる。したがって、 $ \nabla\cdot\boldsymbol{A}=0$としても良いはずである。以上のことをまとめると、 ベクトルポテンシャルは

$\displaystyle \nabla\times\boldsymbol{A}$ $\displaystyle =\boldsymbol{B}$ (13)
$\displaystyle \nabla\cdot\boldsymbol{A}$ $\displaystyle =0$ (14)

の2つの方程式から決めることができる。

1.3 ベクトルポテンシャルの例

実際、ベクトルポテンシャルはどのような形をしているか、考えよう。この辺 は、「ファインマン物理学 III 電磁気学」を参考にしている。

z方向に一様な磁場$ B_0$の場合を考える。ベクトルポテンシャルの定義より、

\begin{align*} &B_x=\frac{\partial A_z}{\partial y}-\frac{\partial A_y}{\partial z}=0\\ &B_y=\frac{\partial A_x}{\partial z}-\frac{\partial A_z}{\partial x}=0\\ &B_z=\frac{\partial A_y}{\partial x}-\frac{\partial A_x}{\partial y}=B_0\\ \end{align*} となる。この式から、可能な解は、

$\displaystyle A_x=0$   $\displaystyle A_y=xB_0$   $\displaystyle A_z=0$ (16)

がある。この解は明らかに、 $ \nabla\cdot\boldsymbol{A}=0$である。同じように、も うひとつ、

$\displaystyle A_x=-yB_0$   $\displaystyle A_y=0$   $\displaystyle A_z=0$ (17)

の解があることも直ちに解る。これも、発散はゼロである。また、これらの解 を組み合わせて

$\displaystyle A_x=-\frac{1}{2}yB_0$   $\displaystyle A_y=\frac{1}{2}xB_0$   $\displaystyle A_z=0$ (18)

という解もできる。いずれにしても、いろいろなベクトルポテンシャルがあり、 どれも同じ磁場を表す。

以前の授業で、ベクトル場の発散と回転が決まれば、そのベクトル場は一意に 決まるといった。それにもかかわらず、ここでは少なくとも3つのベクトルポ テンシャルが可能なのはなぜか?。よく考えてみよう。

1.4 電流の作るベクトルポテンシャル

先週の授業でやったアンペールの法則

$\displaystyle \oint\boldsymbol{B}\cdot d\boldsymbol{\ell}=\mu_0 I$ (19)

の微分形は

$\displaystyle \nabla\times\boldsymbol{B}=\mu_0\boldsymbol{j}$ (20)

である。これらは、ストークスの定理で結ばれていることを十分理解する必要 がある。この微分形を用いて、電流密度分布 $ \boldsymbol{j}(\boldsymbol{r})$が作るベクトル ポテンシャルを計算する。これは、電荷分布 $ \rho(\boldsymbol{r})$がスカラーポテン シャルを作ったのと同じである。

式(20)にベクトルポテンシャルを代入すると、

\begin{equation*}\begin{aligned}\nabla\times\nabla\times\boldsymbol{A}&=\nabla\n...
...-\nabla^2\boldsymbol{A}\\ &=-\nabla^2\boldsymbol{A} \end{aligned}\end{equation*}

なので、

$\displaystyle \nabla^2\boldsymbol{A}=-\mu_0\boldsymbol{j}$ (22)

となる。これは、ベクトルの微分方程式である。それぞれの成分は、

$\displaystyle \nabla^2A_x=-\mu_0 j_x$   $\displaystyle \nabla^2A_y=-\mu_0 j_y$   $\displaystyle \nabla^2A_z=-\mu_0 j_z$ (23)

となる。

これは、静電場の場合のスカラーポテンシャルの式

$\displaystyle \nabla^2\phi=-\frac{\rho}{\varepsilon_0}$ (24)

とそっくりではないか。この方程式の解、つまり図1の 点Pでのポテンシャルは

$\displaystyle \phi(\boldsymbol{r})= \frac{1}{4\pi\varepsilon_0} \int\frac{\rho(\boldsymbol{r}^\prime)}{\vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime\vert}dv^\prime$ (25)

となることは以前に学習したとおりである。ベクトルポテンシャルの各成分の 式はスカラーポテンシャルとまったく同じ形をしているので、解も同じ形であ る。各成分で書き表すのは面倒くさいので、ベクトルで書くと

$\displaystyle \boldsymbol{A}(\boldsymbol{r})= \frac{\mu_0}{4\pi} \int\frac{\bol...
...boldsymbol{r}^\prime)}{\vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime\vert}dv^\prime$ (26)

となる。電流分布が与えられたとき、この積分を行い、その結果の回転を計算 することにより磁場を求めることができる。
図 1: 静電磁場の計算
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ホームページ: Yamamoto's laboratory
著者: 山本昌志
Yamamoto Masashi
平成16年10月23日


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