3 オームの法則

3.1 電荷を運ぶもの

3.1.0.1 バン・デ・グラーフ加速器

電流は電荷の流れであることは分かった.それでは,電荷どのようにして動くのだろう? 力学的な力で動かすものもある.例えば,図5バン・デ・グラー フ加速器では電荷をベルトに乗せて,モーターの力で動かしている.

この装置は,高エネルギーの(10MV)ビームを得るものである.原理は次のようになってい る.

このようにして,電流が動いている.これでも,電流のループがある回路になっているこ とを認識する必要がある.
図 5: バン・デ・グラーフ加速器の原理図
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/Van_de_Graaf_acc.eps}

3.1.0.2 大気中の電流

これは面白い.ファインマン物理学I I I 9章 [2]の話である.大 気中の電流は稲妻やイオン,あるいはイオンがついた水滴などが担っている.大気中の電 流の振舞はとても複雑で,ここで述べる事はできない.時間的も私の知識も不足している. ただし,このファインマンの教科書に書かれている面白い内容のみ述べることにする.

大気中の100[V/m]くらいの電場がある.地上の電圧をゼロとすると,上昇するに従い電圧 が高くなる.その様子を図6に示す.この電場により,約 $ 10^{-12}\,\mathrm{[A/m^2]}$ とごくわずかな電流が流れている.電流の担い手は,宇 宙線により電離された空気の分子-- イオン--である.

図 6: 地上付近での電場の様子
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/E_field_near_earth.eps}

こんなに強い電場があるにも関わらず,なぜ人間は感電しないのであろうか? 感電をする ためには電流が流れる必要がある.そのためには頭の先と足元で電圧が異なり,かつ人体 が電流を流さなくてはならない.人体は,電気的には良導体で電流は流れやすい.大気中 での人間の回りの電圧--スカラーポテンシャル--は図のようになる.これは人間が良導 体のため,一瞬にして電子の移動が生じ,内部の電場が無くなり,頭の先から足元まで同 じ電圧になるのである.このようなことから人間は感電しないのである.

図 7: 人間の回りの電場の様子
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/E_field_near_earth_with_man.eps}

上空50,000 $ \mathrm{[m]}$には,比較的比較的電気伝導率の高い層がある.地上とこの 層でコンデンサーを構成している.コンデンサーの電圧は,400,000 $ \mathrm{[V]}$である (図8).このコンデンサ中を約 $ 10^{-12}\,\mathrm{[A/m^2]}$の密度で電流が流れている.地球全体でのトータルの電流量は 1800 $ \mathrm{[A]}$にもなる.電力は700 $ \mathrm{[MW]}$にもおよぶ.

このような大電流が流れれば,コンデンサーはすぐに放電してしまう.実際,そのような ことは起きておらず,耐えず100 $ \mathrm{[V/m]}$の電場が存在して,上空から電流が降 り注いでいる.このようなことが起きるためには,コンデンサーに充電する機構が必要で ある.雷雨がその役割を担っている.雷が地球に負の電荷を運び,コンデンサーを充電し ているのである.驚いたことに,雷は放電しているのではなく,充電をしているのである. この充電するためのメカニズムどうなっているのだろうか? これは,なかなか難しい問 題のようである.興味のある者は調べてみると良い.

図 8: 地上付近での電場の様子
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/E_field_far_earth.eps}

3.1.0.3 普通の回路

普通の回路は,金属あるいは半導体でできている.この場合,電流の担い手は電子である. 半導体では正孔があたかも電流のキャリアーに見えることがある.正孔をキャリアーとし て取り扱うが,この場合でも動いているのは電子である.そのことを忘れてはならない.

ほとんどの場合,回路中の電子は電場により動かされている.その他の力で動かされるこ とは,非常にまれである.

3.2 オームの法則

ここでは極めて応用範囲の広いオームの法則(ohm law)について,学習する.これは,電 場の作用により電流が流れる--ということを表した式である.ここでは,それを場の式 に書き改める.そして,オームの法則の物理的な内容を示す.

まず,図9のような棒である.この両端に定常電流$ I$を流すと,それに 比例した電圧$ V$が発生する.これをオームの法則と言い,

$\displaystyle V=IR$ (12)

と書き表せる.この比例定数$ R$を電気抵抗(あるいは抵抗)と呼ばれる量で,かなり広い 範囲で電圧や電流に依存しないで一定の値である.しかし,物質やその状態,形には依存 する.抵抗の単位は[$ \Omega$]と書き,オームと読む.SI組み立て単位だと, $ \mathrm{[m^2\cdot
kg\cdot S^{-3}\cdot A^{-2}]}$である.

実験によると,この抵抗は導体の長さ$ L$に比例して,断面積$ S$に反比例する.すなわち,

$\displaystyle R=\rho\frac{L}{S}$ (13)

である.この比例定数$ \rho$を抵抗率と言う.この抵抗率は導体の形に依存しないで,導 体固有の値である.すなわち,導体の物性値である.また,抵抗が断面積に比例すると言 うことは,電流は導体の内部全体にわたって流れていることを表している.

それでは,次にいつものようにこれを場の量で表すことにする.まずは,オームの法則を

$\displaystyle V=I\rho\frac{L}{S}$ (14)

と書き改める.これはいつでも成立するので,非常に小さい領域で考えることにする.す ると,

$\displaystyle \Delta V=\Delta I\rho\frac{\Delta L}{\Delta S}$ (15)

が成り立つ.これを変形して,

$\displaystyle \frac{\Delta V}{\Delta L}=\rho\frac{\Delta I}{\Delta S}$ (16)

である.左辺は電場,右辺の $ \Delta I/\Delta S$は電流密度を表す.従って,

$\displaystyle \boldsymbol{E}=\rho \boldsymbol{j}$ (17)

である.通常,$ \rho$の逆数である電気伝導率$ \sigma$をつかって,この式は

$\displaystyle \boldsymbol{j}=\sigma \boldsymbol{E}$ (18)

と書かれる.これが,場の量で書かれたオームの法則である.
図 9: オームの法則
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/Ohm_law.eps}

3.3 オームの法則の電子論

ここでは,オームの法則が成り立つためには,導体中で電子の運動について述べる.この 辺の話は,文献 [1]を参考にしている.

オームの法則は経験則であり絶対に成り立たなくてはならない--という代物ではない. それは,導体中を流れる電流量は電圧に比例すると言っている.電流が流れると電 流量に比例した電圧があるのである.その比例定数が抵抗である.普通に考えれば,この 抵抗は電流の関数となる.実に不思議なことに,電流の関数となっていないのである.実 際非常に小さい電流から大きな電流まで,抵抗の値は一定である.一定の値になる理由を これから述べる.

導体中では,電子の移動が電流を担う.固定された金属原子のイオンの間を電子が通りす ぎて,それが電流となる.電流は電荷の移動であったことを思い出せ.金属に外部から電 場をかけない場合,その電子は熱運動のため,勝手な方向に運動をして,トータルな電子 の移動は生じない(図10).すなわち電流が生じない.ここで, 外部から電場をかけるとその方向とは逆に電子は移動し始める(図 11).これが電流である.電流が流れ始めても,その速度は圧倒 的に熱運動に起因するものの方が大きい.熱運動による電子の速度は $ 10^5\mathrm{[m/sec]}$程度で,電圧による速度の増加は $ 10^{-5}\mathrm{[m/sec]}$程 度である.

図 10: 電子は熱運動により,勝手な方向に動いている.
\includegraphics[keepaspectratio, scale=0.7]{figure/electorn_without_E.eps}
図 11: 熱運動と電場から受ける力による運動が合成される.
\includegraphics[keepaspectratio, scale=0.7]{figure/electorn_with_E.eps}

抵抗がどのようにして生じるかは,電子の運動を考えなくてはならない.電子はイオン と衝突を繰り返して,移動する.1回の衝突で,電子は曲げられて運動量が変化する.こ れを何回か繰り返すと初期状態によらず,全ての方向の同じ確率で運動量を持つようにな る.ここでは,話を簡単にするために,1回の衝突で最初の運動量の記憶を忘れて全ての 方向に同じ確率で運動量を持つとしよう(図12).

図 12: 衝突の前後
\includegraphics[keepaspectratio, scale=0.7]{figure/collision.eps}

それでは,ある時刻$ T$での運動量を考えよう.そのために,各電子の最後の衝突から, この時刻$ T$までの時間$ t_j$と言うものを導入する.すると,ある時刻の運動量は,

$\displaystyle <m\boldsymbol{v}>=\frac{1}{N}\sum_j(m\boldsymbol{v}_j+e\boldsymbol{E}t_j)$ (19)

となる.ここで, $ <m\boldsymbol{v}>$は平均の運動量, $ m\boldsymbol{v}_j$は衝突直後の$ j$番目の電 子の運動量を表す.右辺最後の項は,運動量の変化は力積(力$ \times$時間)に等しいと言 うことから出てくる.

ここで,左辺第1項の平均はゼロとなる.これは,衝突するとそれ以前の情報は失われて 運動量は全ての方向に等確率で分配されると言う仮定による.従って,運動量はいつも同 じで,

$\displaystyle m<\boldsymbol{v}>=e\boldsymbol{E}\frac{1}{N}\sum_j t_j$ (20)

となる.$ t_j$の平均は,平均衝突間隔$ \tau$に等しい.したがって,電子の平均速度は,

$\displaystyle <\boldsymbol{v}>=\frac{e\tau}{m}\boldsymbol{E}$ (21)

となる.

電子の平均速度が求まったので,電流を求めるのは簡単である.電子の平均密度を$ n$と すると,電流密度 $ \boldsymbol{j}$

$\displaystyle \boldsymbol{j}$ $\displaystyle =en<\boldsymbol{v}>$    
  $\displaystyle =\frac{ne^2\tau}{m}\boldsymbol{E}$ (22)

である.この式から,抵抗率は

$\displaystyle \rho=\frac{m}{ne^2\tau}$ (23)

となる.これから抵抗率は,自由電子の密度に反比例して,平均衝突間隔(時間$ \tau$)に も反比例することが分かる.平均衝突間隔は速度に比例すると考えることができる.電子 の熱運動による速度は,大体 $ 10^5\mathrm{[m/sec]}$である.それに対して,電圧を印加し たときの電子の速度の増加は,教科書の例題から $ 10^{-5}\mathrm{[m/sec]}$程度である. この速度に比は極めて大きい.それゆえ,多少電圧を増加させて電子の平均速度を変え ても,平均衝突間隔はほとんど変わらない.それゆえ,オームの法則は広い電流の範囲で 成り立つ.

実際には電流を増やすと抵抗が増加する.これは,次の理由による.電流を増加させると, 発熱が増え,原子の熱振動が活発になる.そのため,衝突断面積 が増える.ここでは1回の衝突で以前の運動量の情報を失うとしたが,実際には多数回の 衝突が必要である.衝突断面積が増加すると以前の情報を失うまでの回数が減少し,平均 衝突間隔が短くなる.そして,抵抗が増加する.もし,抵抗の温度を一定に保つと,オー ムの法則は本当に広い電流領域で成り立つ.


ホームページ: Yamamoto's laboratory
著者: 山本昌志
Yamamoto Masashi
平成19年7月12日


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