3 高周波電磁場が満たす偏微分方程式

ここでは、マクスウェルの方程式から電磁場が満たす波動方程式を導き、それが満たす汎 関数を示す。

3.1 マクスウェルの方程式

このあたりの説明は、以前示したヘルムホルツ方程式 の話とほとんど同じである。ただ、汎関数の計算に便利なようにちょっとだけ偏微分方程 式の形を変えているのと、計算過程が少し異なる。本質的には全く同じである。

ここでは軸対称構造の共振空洞内の共振モードの電磁場の方程式を示す。この場合、内部 は真空で、金属で囲まれた空間になる。当然、ここの電磁場はマクスウェルの方程式で記 述される。ただし、内部には電荷も電流が無いという条件が付される。マクスウェルの方 程式で、 $ \rho=0,\,\boldsymbol{j}=0$となる。

  $\displaystyle \div{\boldsymbol{D}}=0$ (1)
  $\displaystyle \div{\boldsymbol{B}}=0$ (2)
  $\displaystyle \nabla\times \boldsymbol{E}= - \if 11 \frac{\partial \boldsymbol{B}}{\partial t} \else \frac{\partial^{1} \boldsymbol{B}}{\partial t^{1}}\fi$ (3)
  $\displaystyle \nabla\times \boldsymbol{H}= \if 11 \frac{\partial \boldsymbol{D}}{\partial t} \else \frac{\partial^{1} \boldsymbol{D}}{\partial t^{1}}\fi$ (4)

また、誘電率と透磁率は一定で、それぞれ $ \varepsilon_0,\,\mu_0$となる。そして、

$\displaystyle \boldsymbol{D}=\varepsilon_0\boldsymbol{E}$ (5)
$\displaystyle \boldsymbol{B}=\mu_0\boldsymbol{H}$ (6)

の関係がある。式(1)〜(4)は、連立の偏微 分方程式なので、計算しやすい形に直すことにする。

まずは、磁場の方程式を求めることにする。そのために、式(4)の両辺 に回転の演算子を作用させる。そうすると、

$\displaystyle \nabla\times \nabla\times \boldsymbol{H}$ $\displaystyle =\nabla\times \if 11 \frac{\partial \boldsymbol{D}}{\partial t} \else \frac{\partial^{1} \boldsymbol{D}}{\partial t^{1}}\fi$    
  $\displaystyle = \if 11 \frac{\partial }{\partial t} \else \frac{\partial^{1} }{\partial t^{1}}\fi \left(\nabla\times \varepsilon_0\boldsymbol{E}\right)$    
  $\displaystyle =-\varepsilon_0 \if 11 \frac{\partial }{\partial t} \else \frac{\...
...\partial t} \else \frac{\partial^{1} \boldsymbol{B}}{\partial t^{1}}\fi \right)$    
  $\displaystyle =-\mu_0\varepsilon_0 \if 12 \frac{\partial \boldsymbol{H}}{\partial t} \else \frac{\partial^{2} \boldsymbol{H}}{\partial t^{2}}\fi$ (7)

となる。これは、波動方程式である。電磁波の速度は光速$ c$で、この方程式では

$\displaystyle \mu_0\varepsilon_0=\frac{1}{c^2}$ (8)

となる。従って、磁場$ H$が満たす方程式は、

$\displaystyle \nabla\times \nabla\times \boldsymbol{H}=-\frac{1}{c^2} \if 12 \f...
...bol{H}}{\partial t} \else \frac{\partial^{2} \boldsymbol{H}}{\partial t^{2}}\fi$ (9)

となる。

この式も、場所と時間の両方の項の偏微分方程式なので、解くのは面倒である。 そのため、

$\displaystyle \boldsymbol{H}(\boldsymbol{r},t)=\boldsymbol{H}(\boldsymbol{r})f(t)$ (10)

と変数分離ができるか考える。通常、変数分離はできるか否かは分からないので、とりあ えずやってみることにする。式(10)を(9)に入 れると

$\displaystyle \nabla\times\nabla\times\left\{\boldsymbol{H}(\boldsymbol{r})f(t)...
...tial^{2} }{\partial t^{2}}\fi \left\{\boldsymbol{H}(\boldsymbol{r})f(t)\right\}$ (11)

となり、時間と空間の微分を考えると

$\displaystyle f(t)\nabla\times\nabla\times\left\{\boldsymbol{H}(\boldsymbol{r})...
...}{\partial t} \else \frac{\partial^{2} }{\partial t^{2}}\fi \left\{f(t)\right\}$ (12)

となる。以降、簡素に記述するために、磁場の空間の関数を $ \boldsymbol{H}(\boldsymbol{r})$ $ \boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}$と、時間の関数$ f(t)$$ f_t$とする。ここで、変数分離のいつものパター ンで、左辺と右辺に、時間及び空間のみ関数にしたいわけだが、ベクトルの演算なので少 し気をつける。そのため、この式の両辺に $ \boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}/(\boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}\cdot\boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}})$なるベクトルの 内積の演算を施す。すると

$\displaystyle f_t\frac{\boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}}{\boldsymbol{H}_{\boldsy...
...frac{\partial f_t}{\partial t} \else \frac{\partial^{2} f_t}{\partial t^{2}}\fi$ (13)

となる。これを整理すると、

$\displaystyle \frac{\boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}}{\boldsymbol{H}_{\boldsymbo...
...frac{\partial f_t}{\partial t} \else \frac{\partial^{2} f_t}{\partial t^{2}}\fi$ (14)

である。この偏微分方程式は、左辺は空間 $ \boldsymbol{r}$、右辺は時間$ t$のみの関数である。 それぞれ別の独立変数となっているので、この等式が成り立つためには、その値は定数で なくてはならない。この定数を $ \omega^2/c^2$とする2。そうすると、

$\displaystyle \frac{\boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}}{\boldsymbol{H}_{\boldsymbo...
...rtial t} \else \frac{\partial^{2} f_t}{\partial t^{2}}\fi =\frac{\omega^2}{c^2}$ (15)

である。2番目と3番目の式から、時間のみの微分方程式がつるられ、それはもはや偏微分 方程式ではなく、常微分方程式

$\displaystyle \frac{d^2f_t}{dt^2}=-\omega^2{f_t}$ (16)

になる。この微分方程式は、簡単に解けて

$\displaystyle f_t=ae^{-i\omega t+\theta_0}$ (17)

となる。ここで、$ a$$ \theta_0$は初期条件により決まる定数である。これで、変数分 離した解(10)の時間の項が求まったわけである。この時間の項は、三 角関数になっている。

残りの空間の項 $ \boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}$について、考えなくてならない。それが満たす偏微分 方程式を得るために、時間の項の結果である式(17)を、式 (12)に適用する。すると、

$\displaystyle ae^{-i\omega t+\theta_0}\left[\nabla\times\nabla\times\boldsymbol...
...e \frac{\partial^{2} }{\partial t^{2}}\fi \left(ae^{-i\omega t+\theta_0}\right)$ (18)

となる。時間の項の微分を行うと、

$\displaystyle ae^{-i\omega t+\theta_0}\left[\nabla\times\nabla\times\boldsymbol...
...ol{H}_{\boldsymbol{r}}\frac{\omega^2}{c^2}\left(ae^{-i\omega t+\theta_0}\right)$ (19)

となる。即ち時間の微分 $ (\partial/\partial t)$は、$ -i\omega$に置き換えられるので ある。さらに整理すると、

$\displaystyle \nabla\times\nabla\times\boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}} =\left(\frac{\omega}{c}\right)^2\boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}$ (20)

となる。これが、磁場の空間の偏微分連立方程式で、境界条件を課して解くことになる。 その解は磁場の空間分布を表す。これと、式(17)を掛けあわせた ものが実際の電磁場の状態を表す。

この方程式の解は波になっており、電磁場は複素数で書かれるのが普通である。従って、 式(20)の $ \boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}$は複素数である。磁場を実数部 と虚数部

  $\displaystyle \Re({\boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}})=\boldsymbol{H}_r$ (21)
  $\displaystyle \Im({\boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}})=\boldsymbol{H}_i$ (22)

とする。磁場の空間部分布を表す複素数 $ \boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}$ $ \boldsymbol{r}$は太文字で、その 実数部である $ \boldsymbol{H}_r$$ r$は通常の書体で記述しているので注意してほしい。これら を使って、式(20)を実数部と虚数部を分けた方程式にすると、

  $\displaystyle \nabla\times\nabla\times\boldsymbol{H}_r=\frac{\omega^2}{c^2}\boldsymbol{H}_r$ (23)
  $\displaystyle \nabla\times\nabla\times\boldsymbol{H}_i=\frac{\omega^2}{c^2}\boldsymbol{H}_i$ (24)

となる。式(20)は、この2つの微分方程式を含んでいること を忘れてはならない。

特に、進行波(Travelling Wave)を解析するときには、磁場は複素数になるので注意が必 要である。しかし、双方の方程式は同じではないか、と言う疑問が湧くかもしれない。微 分方程式は同じであるが境界条件が異なるから、実数部と虚数部の解は異なる。

定在波(Standing Wave)の場合は、実数部のみを考える。磁場は実数とするのである。 虚数部としても良いが、今までの慣習で実数部のみとする事になっている。

以上で、高周波電磁場の磁場が満たすべき方程式を示した。磁場と全く同じ方法で、電場 が表す方程式を計算できる。それは

$\displaystyle \nabla\times\nabla\times\boldsymbol{E}_{\boldsymbol{r}} =\left(\frac{\omega}{c}\right)^2\boldsymbol{E}_{\boldsymbol{r}}$ (25)

となる。

電磁場分布を表す方程式は、磁場を表す式(20)と電場を表す 式(25)がある。それぞれは、独立ではなくマクスウェルの方 程式の式(3)や(4)で関連づけられている。 境界条件を考え計算しやすい方の場を求め、もう一方の場はマクスウェルの方程式に代入 (微分)することにより計算することになる。

3.2 汎関数

ここでは、磁場の空間分布を示す式(20)の汎関数を示す。電場 についての式(25)も同じなので、読み替えてほしい。

式(20)の汎関数は

$\displaystyle F[\boldsymbol{H}] =\int\left[\left(\nabla\times \boldsymbol{H}\ri...
...-\left(\frac{\omega}{c}\right)^2\boldsymbol{H}\cdot\boldsymbol{H}^\ast\right]dV$ (26)

である。ここで、 $ \boldsymbol{H}$は磁場の空間分布である。式(20)で は $ \boldsymbol{H}_{\boldsymbol{r}}$としていたが、簡潔に記述するために、添え字の $ \boldsymbol{r}$を省くこと にする。また、アスタリスク$ \ast$は複素共役(complex conjugate)を表す。このように 複素共役を使うと、汎関数が実数になり、ちょっとだけ計算が簡単になる。また、汎関数 はエネルギーに関係していることが多く、このようにすると磁場のエネルギーに関係した 量になるのである。わざわざ、複素共役を使わないで計算しても同じ結果が得られる。こ の場合は、汎関数が複素数になる。

それでは、この式の第1 変分がゼロになる条件が式(20)を満足 するかどうか調べる。第一変分は、 $ \boldsymbol{H}$ $ \delta\boldsymbol{H}$変化させたときの微小変化 量で

$\displaystyle \delta F$ $\displaystyle =F[\boldsymbol{H}+\delta\boldsymbol{H}]-F[\boldsymbol{H}]$    
  $\displaystyle =\int\left[ \left\{\nabla\times\left(\boldsymbol{H}+\delta\boldsy...
...ght) \cdot \left(\boldsymbol{H}^\ast+\delta\boldsymbol{H}^\ast\right) \right]dV$    
  $\displaystyle \qquad\qquad -\int\left[ \left(\nabla\times \boldsymbol{H}\right)...
...\left(\frac{\omega}{c}\right)^2\boldsymbol{H}\cdot\boldsymbol{H}^\ast\right ]dV$    
     2次の微少量を無視すると    
  $\displaystyle =\int\left[ \left(\nabla\times \boldsymbol{H}\right)\cdot\left(\n...
...symbol{H}^\ast+ \boldsymbol{H}^\ast\cdot\delta\boldsymbol{H} \right\} \right]dV$    
     ベクトル恒等式 $ \div{(\boldsymbol{V}\times\boldsymbol{W})}=\boldsymbol{W}\cdot(\nabla\times \boldsymbol{V})-\boldsymbol{V}\cdot(\nabla\times \boldsymbol{W})$を 上 手につかう    
      $ \boldsymbol{V}=(\nabla\times \boldsymbol{H})$あるいは $ (\nabla\times \boldsymbol{H}^\ast),\quad\boldsymbol{W}=\delta\boldsymbol{H}^\ast$あるいは $ \delta\boldsymbol{H}$とする。    
  $\displaystyle =\int\left[ -\nabla\cdot\left\{(\nabla\times \boldsymbol{H})\time...
...rac{\omega}{c}\right)^2(\boldsymbol{H}\cdot\delta\boldsymbol{H}^\ast) \right]dV$    
  $\displaystyle \qquad\qquad+\int\left[ -\nabla\cdot\left\{(\nabla\times \boldsym...
...rac{\omega}{c}\right)^2(\boldsymbol{H}^\ast\cdot\delta\boldsymbol{H}) \right]dV$    
     この式に発散定理を使い、式を整理すると    
  $\displaystyle =-\int\left[ (\nabla\times \boldsymbol{H})\times\delta\boldsymbol...
...s \boldsymbol{H}^\ast )\times\delta\boldsymbol{H} \right]\cdot\boldsymbol{n}dS+$    
  $\displaystyle \qquad\qquad \int\left[ \left\{\nabla\times\nabla\times\boldsymbo...
...ega}{c}\right)^2 \boldsymbol{H}^\ast\right\}\cdot\delta\boldsymbol{H} \right]dV$ (27)

となる。

いつものように、任意の $ \delta\boldsymbol{H}$に対して、この第一変分$ \delta F$がゼロになる 条件を考える。しかし、今回は今までの「軸対称静電場の汎関数 」や「軸対称静磁場の汎関数 」と趣が異なり、関数が複素数になっている。第1変分$ \delta F$は実数であるが、 $ \boldsymbol{H}$ $ \delta\boldsymbol{H}$は複素数である。この複素数の実数部と虚数部の変化に対して、第1変分 がゼロとならなくてはならない。わかりやすくするために、複素数になっている部分を

  $\displaystyle \boldsymbol{H}=\boldsymbol{H}_r+i\boldsymbol{H}_i$ (28)
  $\displaystyle \delta\boldsymbol{H}=\delta\boldsymbol{H}_r+i\delta\boldsymbol{H}_i$ (29)

と実数部と虚数部に分ける。これらを、式(27)に代入すると、

$\displaystyle \delta F$ $\displaystyle = -2\int\left[ (\nabla\times \boldsymbol{H}_r)\times\delta\boldsy...
...mes \boldsymbol{H}_i)\times\delta\boldsymbol{H}_i \right]\cdot\boldsymbol{n}dS+$    
  $\displaystyle \qquad\qquad 2\int\left[ \left\{\nabla\times\nabla\times\boldsymb...
...mega}{c}\right)^2 \boldsymbol{H}_i\right\}\cdot\delta\boldsymbol{H}_i \right]dV$ (30)

となる。これが、実数部と虚数部に分けた汎関数の第1変分である。もちろん、任意の $ \delta\boldsymbol{H}$に対して、これがゼロになる条件を考えるのである。任意の $ \delta\boldsymbol{H}$と言うことは、任意の $ \delta\boldsymbol{H}_r$ $ \delta\boldsymbol{H}_i$に対して、第 1変分がゼロになる条件を探すのである。

そのためには、この式の右辺第1項と2項がともにゼロにならなくてはならない。右辺第1 項は、境界条件を表し、

\begin{equation*}\left\{ \begin{aligned}&(\nabla\times \boldsymbol{H}_r)\times\b...
...{または}\qquad &\delta\boldsymbol{H}_i=0 \\ \end{aligned} \right.\end{equation*}

の場合、ゼロとなる。通常は、 $ (\nabla\times H)\times\boldsymbol{n}=0$とする。これが自然境界条件 で、ノイマン条件となる。この磁場の回転は、式(4)より、 $ \nabla\times H=i\omega\varepsilon_0\boldsymbol{E}$となる。従って、ノイマン条件は、 $ \boldsymbol{E}\times\boldsymbol{n}$と書き直すことができる。すなわち、電場と境界の法線方向が一致 するのである。これは、金属の境界条件である。すなわち、境界を指定しなければ、自然 に金属の境界条件が満足されるのである。一方、 $ \delta\boldsymbol{H}=0$はディレクイ条件で、 境界の値を指定した場合である。

第2項がゼロとなるのは、

\begin{equation*}\left\{ \begin{aligned}&\nabla\times\nabla\times\boldsymbol{H}_...
...frac{\omega}{c}\right)^2 \boldsymbol{H}_i=0 \end{aligned} \right.\end{equation*}

となる必要がある。これは、マクスウェルの方程式から導かれた磁場の偏微分方程式 (25)と全く同等である。

以上のことから、高周波の電磁場の磁場を計算するためには、式 (26)の第一変分をゼロにすればよいことが分かる。静磁場のマ クスウェルの方程式は、式(26)の第1変分をゼロにするのと等 しいのである。

電場については、ここでは計算しないが、全く同じ手順で求められる。そして、結果も全 く同じである。


ホームページ: Yamamoto's laboratory
著者: 山本昌志
Yamamoto Masashi
平成19年8月20日


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