1 ライントレースカー構成部品の動作


1.1 H8マイコン

ライントレーサーの制御には,ルネサステクノロジー社のマイコンH8/3664Nを使っている. このマイコンには,様々な機能がある.ここでは,センサーの出力をA/D変換器で読み込 み,その結果を出力端子に接続したLEDを用いて表示している.さらに,PWMの信号を出力 し,それをトランジスターのON/OFF信号に使うことによりDCモーターを制御している.

実験では,H8マイコンを動作させるための周辺機器を組み込んだCPUボード(秋月電子 AKI-3664N)を使う.周辺機器をボードに組み込むことにより,ユーザーの利便を図ってい る.表4に,実験で用いている端子と機能を載せておく.

表 4: 秋月電子のAKI-3664Nの端子と機能.この実験で使う端子のみを記述.
端子台 ピン番号 3664N名称 機能
CN1 7 AN3 A/D変換器のアナログ入力端子3
  8 AN2 A/D変換器のアナログ入力端子2
  9 AN1 A/D変換器のアナログ入力端子1
  10 AN0 A/D変換器のアナログ入力端子0
  12 RES グランド電圧にするとリセット.プログラムは最初から実行.
  14 P50 PDR5レジスターの最下位ビットのが出力される(0:0[ $ \mathrm{V}$]     1:5[ $ \mathrm{V}$])
  15 P51 PDR5レジスターの下位から2番目のビットのが出力される.
  16 P52 PDR5レジスターの下位から3番目のビットのが出力される.
  17 P53 PDR5レジスターの下位から4番目のビットのが出力される.
  24 PS-IN 電源入力.JP1を未接続:5[ $ \mathrm{V}$]    JP1をジャンパー 7-12[ $ \mathrm{V}$].
  25 GND グランド電圧.ここの電位がグランド電位の基準となる.
CN2 11 FTIOB PWM信号出力.
  13 FTIOD PWM信号出力.
  24 RXD PCとの通信につかう.
  25 TXD PCとの通信につかう.
  26 GND PCとの通信につかう.


1.2 赤外線センサー

赤外線センサーは,ラインを判定するための感知装置である.ここでは,センサーの先が 白/黒の判断を行う.

赤外線センサーは,赤外線を発生するLEDとそれを関知するフォトトランジスターから構 成されている.具体定期な動作を図13を使って説明しよう.LEDに電流を 流すと赤外線を発生する.レンズを通過した後,この赤外線はライントレースカー下の床 に当たる.もし床が白ければ(図13の左側)赤外線は反射され,フォトトラ ンジスターに入る.この場合,フォトトランジスターのエミッターとコレクターの間に電 流が流れる.一方,床が黒いとき(図13の右側)には,赤外線は反射され ず,フォトトランジスターには光が入らない.この場合には,フォトトランジスターには 電流が流れない.

フォトトランジスターに電流が流れる場合,その抵抗は小さいので,コレクターの電圧は, ほぼ0[ $ \mathrm{V}$]になる.図中のコレクターに接続された抵抗に比べて,フォトトランジス ターの抵抗が無視できるくらい小さいからである.一方,赤外線が反射されないでフォト トランジスターに電流が流れない場合,コレクターの電圧は大体2.4[ $ \mathrm{V}$]となる.こ のとき,コレクターに接続された抵抗に比べて,フォトトランジスターの抵抗がかなり大 きいためである.

図 13: ラインが黒と白の場合の赤外線センサーの動作.
\includegraphics[keepaspectratio, scale=0.7]{figure/sensor.eps}

このフォトトランジスターの動作は,図14のように考えることができ る.丁度,反射してくる赤外線によりスイッチがON/OFFしているのである.そうして,ス イッチの電源側の電圧を測定すれば,スイッチのON/OFFが分かる $ \rightarrow$赤外線の 反射の有/無が分かる $ \rightarrow$床の白/黒が分かる.

スイッチの電源側の電圧は,H8マイコンのA/D変換器で測定することができる.しかし, ここの実験では,ON/OFFの信号を二値化するために,インバーター;論理回路のNOTを介し て,A/D変換器へ入力している.

図 14: フォトトランジスターの動作.
\includegraphics[keepaspectratio, scale=0.8]{figure/sensor_sw.eps}


1.3 DCモーターとPWM制御

1.3.1 DCモーターの構造

ライントレースカーの駆動には2個のDCモーターを用いている.DCモータは,図 15に示すとおり,固定子に永久磁石,回転子にコイルを用いている.こ の回転子のコイルに電流を流すことにより磁場を発生させ,これと永久磁石の磁場との反 発力/吸引力によりトルクが生じる.$ 2\pi/3$[ $ \mathrm{rad}$]回転すると,ブラシに接触して いる整流子の電極が変わり,磁場の位相が$ 2\pi/3$[ $ \mathrm{rad}$]変化する.これが連続して 起きるので,直流電源で回転を得られる.
図: DCモーターの原理図.直流電流を流すことにより,コイルに磁場が発生し, 永久磁石との反発/吸引力により回転する.$ 2\pi/3$[ $ \mathrm{rad}$]回転すると,整流子の 電極が変わり,磁場の位相が$ 2\pi/3$[ $ \mathrm{rad}$]変化する.これが連続して起きることに よりモーターが回転し続ける.
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/DC_moter.eps}

このDCモーターは,次のような長所と短所を持っている.ここで述べている短所は,全て ブラシと整流子の接触部分で起きている.簡単な回路で直流モーターを作ると避けること ができないことである.

このような特徴を生かして,小型のモーターに使われることが多い.諸君は,ミニ四駆で 使ったことがあるだろう.

1.3.2 DCモーターのPWM制御

DCモーターは印可する電圧を変えることで,速度の制御ができる.もちろん,電圧に応じ て駆動電流も変化するので,トルクも変わる.しかし,駆動電源の電圧を変化させること は,簡単なことではない.とくに,このライントレースカーのように複雑な回路を避ける 必要があるときには電圧の変化による速度制御は避けるべきである.

それに対して,Pulse Width Modulation(PWM)制御は簡単な回路で,DCモーターの速度制 御ができる.PWM制御では,図16のように信号がHになったときにモーターに 電流が流れ回転のトルクが生じる.Lの時は,電流が流れないのでトルクは発生しない. このHとLを高速に繰り返すとON/OFFを繰り返すが,モーターはなめらかに回転する.慣性 があるからである.

PWM信号のデューティ比8に応じて, DCモーターの速度が変わる.デューティ比が大きいほど,ONの時間が長くなるので回転 速度が速くなる.

図 16: DCモーターのPWM制御.DCモーターを高速でON/OFFを繰り返す.周期$ T_p$に 対するON時間$ T_{ON}$の割合で回転数を変えることができる.
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/PWM.eps}

H8マイコンは,このPWMのための信号出力ができる.ここの実験では, p.[*]の図11に示しているマイコ ンのCPUボードのCN2の11番と13番ピンにPWM信号を出力している.この出力信号をダーリ ントン接続したトランジスターでスイッチングを行いDCモーターに電力を供給している. 出力するPWM信号のデューティ比はプログラムで決める.

繰り返し周期は,p.[*]B.2.2節の「制御用の 関数」で述べているリスト4で決めている.このプログラムでは,繰り返 し周期は32.76[ $ \mathrm{msec}$]となる.


1.4 トランジスター

トランジスターは増幅作用を行う半導体素子である.図17のように,小さな電 流をベースとエミッターの間に流すことにより,それに比例した大きな電流をコレクター とエミッター間に流すことができる.たとえば,マイクの出力を小さい方の電流とし,大 きい方をスピーカーに接続する.図17の大きい電流の抵抗をスピーカーと考え る.すると,マイクからの小さい信号をトランジスターで増幅し,大きな音でスピーカー を動作させることができる.拡声器である.

ここで使っているトランジスターは,バイポーラー型と呼ばれるものである.このタイプ のトランジスターの増幅率は,大体数十から数百である.普通に回路を作れば,ベースとエミッター間に 1[ $ \mathrm{mA}$]の電流を流すと,コレクターとエミッター間に100[ $ \mathrm{mA}$]程度の電流を流す ことができる.

図 17: エミッター接地回路.ベースとエミッターの間に小さな電流を流すことによ り,それに比例した大きな電流をコレクターとエミッターの間に流すことができる.
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/Tr.eps}

トランジスターはスイッチとして使うことができる.ベースとエミッターの間に流す小さ な電流により,スイッチをON/OFFするように動作させることができる.増幅作用と同じこ とであるが,小さな電流の方を一定の電流とし,それを流したり/切ったりすることによ りあたかもスイッチのように使うのである.その様子を図18に示す.

H8マイコンのように,大きな電流が得られない措置で,モーターのように大電流が必要な 機器をON/OFFするときにトランジスターをスイッチとして使うことができる.H8マイコン の出力は高々,1[ $ \mathrm{mA}$]程度である.それに対して,ここの実験で使うモーターは数百 [ $ \mathrm{mA}$]程度の電流が必要である.直接,H8マイコンの出力をモーターに接続してもモー ターを回転させることはできないし,H8マイコンが破損するだけである.そこで,H8マイ コンの小電流の出力はトランジスターのスイッチを駆動するためだけ使い,そのスイッチ のON/OFFでモーターを制御する.

図 18: トランジスターをスイッチとして使って,モーターを制御する様子.H8マイ コンの出力(小電流)でスイッチをON/OFFする.
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/Tr_sw.eps}


1.5 ダイオード

ダイオードは順方向のみに電流を流す素子である.図19のように 順方向に接続すると電流が流れ,逆方向だと電流が流れない.順方向だと抵抗がゼロ,逆 方向だと抵抗は無限大--と大雑把に考えることができる.
図 19: ダイオードの動作.順方向にダイオードを接続すると電流が流れる.逆方向 だと電流が流れない.
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/behavior_diode.eps}

ここの実験では,ダイオードのこの特性を利用して,DCモーターのエネルギー効率の向上 に使っている.この様子を図20を使って説明する.

このようにダイオードをDCモーターに取り付けると,OFF時の磁場のエネルギーを回転力 に変えることができる.したがって,エネルギー効率が上昇するのである.このような働 きを行うダイオードをフライホイールダイオードと言う.

さらに,このダイオードにより,逆起電力の緩和の効果もある.スイッチをOFFにした瞬 間,コイルの作用により逆起電力が発生する.そうなると,スイッチ--多くの場合半導 体--に大きな逆電圧が印可される.ダイオードがあると,図20 の(B)のように電流が流れ,スイッチには大きな逆電圧が印可されない.なぜならば,ダ イオードの抵抗はほぼゼロと考えることができるからである.

スイッチのON/OFFの回数が多い場合に,フライホイールダイオードの効果が現れる.ここ の実験ではPWM制御で,1秒間に30回,ON/OFFを繰り返している.十分効果が期待できる. DCモーターをPWM制御する場合,必ず取り付けるべきである.

図 20: 電源とスイッチ,ダイオード,直流モーターから成る回路である.スイッチ がONの時,電流はダイオードに流れず,モーターのみに流れる.モータは回転する.ス イッチをOFF にした瞬間,モーターのコイルの磁場のエネルギーにより電流がダイオー ドを通して流れ,モーターの回転のエネルギーに変換される.しばらくすると,回転に 寄与するエネルギーが無くなりモーターは停止する.
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/flywheel_diode.eps}

ホームページ: Yamamoto's laboratory
著者: 山本昌志
Yamamoto Masashi
平成19年12月27日


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