2 ディラックのデルタ関数

2.1 デルタ関数のイメージ

大きさの無い電荷や,作用している時間がゼロの衝撃力等を表したいことがある.このよ うな場合,ディラックのデルタ関数$ \delta(x)$を使うと便利である.この関数は,$ x=0$ のとき無限大の値となり,$ x\neq 0$ならば値はゼロとなる.そして,積分を行うと1とな る関数2である(図 1).すなわち,

  $\displaystyle \delta(x)=\left\{ \begin{aligned}&0& &x\neq0& \\ &\infty& &x=0& \end{aligned} \right.$ (4)
  $\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty}\delta(x)\mathrm{d}x=1$ (5)

である.これを使うと,都合良く電荷密度を表すことができるが,それはこれからの講義 内容である.しかし,衝撃力を表すのにうってつけであることは理解できるであろう.

いろいろな$ \delta(x)$関数が考えられる.その中でも,直感的にもっともわかり易いの は,図2のようなものである.この図の $ \varepsilon\rightarrow 0$の極 限をデルタ関数とする.デルタ関数の定義である式(4)や (5)を満足していることが分かるだろう.

図 1: ディラックのデルタ関数
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/delta_func.eps}
図 2: $ \varepsilon\rightarrow 0$の極限がデルタ関数
\includegraphics[keepaspectratio, scale=1.0]{figure/pulse.eps}

2.2 さまざまな積分とデルタ関数の定義

このデルタ関数の重要な関係式を示しておこう.

2.2.1 さまざまな積分

2.2.1.1 積分1

まずは,

$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty}f(x)\delta(x-a)\mathrm{d}x=f(a)$ (6)

である.これは,図2をデルタ関数として,次のようにして計算できる.

$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty}f(x)\delta(x-a)\mathrm{d}x$ $\displaystyle =\lim_{\varepsilon\to 0} \int_{a-\varepsilon/2}^{a+\varepsilon/2}\frac{f(x)}{\varepsilon}\mathrm{d}x$    
  $\displaystyle =\lim_{\varepsilon\to 0}\frac{F(a+\varepsilon/2)-F(a-\varepsilon/2)}{\varepsilon}$    
  $\displaystyle =f(a)$ (7)

2.2.1.2 積分2

先ほどの積分は直感的に理解できるであろう.それに対して,次はちょっと難しい.

$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty}f(x)\delta^\prime(x-a)\mathrm{d}x=-f^\prime(a)$ (8)

これは,次のように,部分積分を使って計算する.

$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty}f(x)\delta^\prime(x-a)\mathrm{d}x$ $\displaystyle =\Bigl[f(x)\delta(x)\Bigr]_{-\infty}^{\infty}- \int_{-\infty}^{\infty}f^\prime(x)\delta(x-a)\mathrm{d}x$    
  $\displaystyle =-f^\prime(a)$ (9)

2.2.1.3 フーリェ変換

これは,計算するまでもなく.

$\displaystyle f(\omega) =\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}\delta(t)e^{i\omega t}\mathrm{d}t =\frac{1}{\sqrt{2\pi}}$ (10)

となる.これは,非常に短いパルスのノイズは,広帯域の周波数成分があることを示して いる.短パルスのノイズは広帯域なので,フィルターで取り除くことは難しい.

2.2.1.4 三次元

一次元とほとんど同じで,三次元に拡張することができる.基本的な 性質は,

  $\displaystyle \delta(\boldsymbol{r})=\left\{ \begin{aligned}&0& &\boldsymbol{r}\neq0& \\ &\infty& &\boldsymbol{r}=0& \end{aligned} \right.$   $\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty}\delta(\boldsymbol{r})\mathrm{d}V=1$   (11)

である.同様に積分は,

$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty}f(\boldsymbol{r})\delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{a})\mathrm{d}V=f(\boldsymbol{a})$ (12)

となる.これらの振舞いは,一次元とほぼ同じなので,細かい説明はしない.

2.2.2 デルタ関数の定義

これまで,デルタ関数のいろいろな性質を見てきた.いったい,デルタ関数はどのように 定義すればよいのだろうか? これまででもっとも一般的な--デルタ関数の性質に関して 最も広い範囲をカバーする--式は,

  $\displaystyle \delta(\boldsymbol{r})=0$   ただし, $ \boldsymbol{r}\neq0$の場合 (13)
  $\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty}f(\boldsymbol{r})\delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{a})\mathrm{d}V=f(\boldsymbol{a})$ (14)

である.式(4)や式(5)に代わり,これ をデルタ関数の定義3としよう.これが関数の定義としてふさわしいかどうか--という議 論もあるだろう.ちゃんとした定義は数学者に考えてもらえばよく,我々はこれで十分で ある.物理的な内容を便利に表すことができるからである.

2.3 ラプラス演算子との関係

2.3.1 特異点が原点の場合

つぎにラプラス演算子との関係を示す.後に重要となる公式で,電磁気学ではとくに有用 である.もっとも重要な公式は,

$\displaystyle \nabla^2\left(\frac{1}{r}\right)=-4\pi\delta(\boldsymbol{r})$ (15)

である.

これを証明するためには,ちょっと頑張らなくてはならない.まずは,左辺であるが,以 前の課題に出したように

$\displaystyle \nabla^2\left(\frac{1}{r}\right)$ $\displaystyle =\nabla\cdot\nabla\left(\frac{1}{r}\right)$    
  $\displaystyle =\nabla\cdot\left(-\frac{1}{r^2}\right)\nabla(r)$    
  $\displaystyle =\nabla\cdot\left(-\frac{\boldsymbol{r}}{r^3}\right)$    
  $\displaystyle =-\left(\nabla\frac{1}{r^3}\right)\cdot\boldsymbol{r}-\frac{1}{r^3}\nabla\cdot\boldsymbol{r}$    
  $\displaystyle =\left(\frac{3}{r^4}\right)\nabla r\cdot\boldsymbol{r}-\frac{3}{r^3}$    
  $\displaystyle =\left(\frac{3}{r^4}\right)\left(\frac{x}{r},\frac{y}{r},\frac{z}{r}\right) \cdot(x,y, z)-\frac{3}{r^3}$    
  $\displaystyle =\frac{3}{r^3}-\frac{3}{r^3}$    
  $\displaystyle =0$   ただし,$ r\neq 0$のとき (16)

となる.これで,式(11)の原点( $ \boldsymbol{r}\neq 0$)以外は証明でき た.原点は特異点となる.

原点 $ (\boldsymbol{r}=0)$での値を計算するために,式(15)の左辺を体積 分する.図3のように,原点を含まない場合,

$\displaystyle \int_V\nabla^2\left(\frac{1}{r}\right)=0$ (17)

となる.いまのところ,この結果には面白いところはない.値がゼロのところを積分して, ゼロが得られただけである.

4のように積分領域に原点が含まれる場合,大事な結果が得ら れる.原点は特異点なので,そのまま積分はできない.そこで,原点を含まない領域で積 分をする.複素関数論でコーシーの積分公式を導くのとと同じ方法である.このようにすると,積分領域に 原点が含まれなくなり,積分の値はゼロとなる.そして,連結部を非常に小さくとり,体 体積分を面積分に直すガウスの定理を使うと,式(15)の左辺の体 積分は

$\displaystyle \int_{V^\prime}\nabla^2\left(\frac{1}{r}\right)\mathrm{d}V$ $\displaystyle =\int_S\nabla \left(\frac{1}{r}\right)\cdot\boldsymbol{n}\mathrm{d}S$    
  $\displaystyle =\int_{S1}\nabla \left(\frac{1}{r}\right)\cdot\boldsymbol{n}\mathrm{d}S+ \int_{S2}\nabla \left(\frac{1}{r}\right)\cdot\boldsymbol{n}\mathrm{d}S$    
  $\displaystyle =\int_{V}\nabla^2{\left(\frac{1}{r}\right)}\mathrm{d}V -\int_{S2}\frac{\boldsymbol{r}}{r^3}\cdot\boldsymbol{n}\mathrm{d}S$ (18)

となる.ここで,$ V^\prime$は原点を含まない領域に対して,$ V$は原点を含む. $ V^\prime$には原点が含まれないので,積分の値はゼロとなる.従って,

$\displaystyle \int_{V}\nabla^2{\left(\frac{1}{r}\right)}\mathrm{d}V =\int_{S2}\frac{\boldsymbol{r}}{r^3}\cdot\boldsymbol{n}\mathrm{d}S$ (19)

となる.これで原点を含んだ領域$ V$の積分の準備ができた.この右辺の領域を球形にす る.すると図から明らかに, $ \boldsymbol{r}\cdot\boldsymbol{n}$$ -r$となる.右辺は,表面積を乗じ るだけで

$\displaystyle \int_{S2}\frac{\boldsymbol{r}}{r^3}\cdot\boldsymbol{n}\mathrm{d}S$ $\displaystyle =-\int_{S2}\frac{1}{r^2}\mathrm{d}S$    
  $\displaystyle =-\frac{4\pi r^2}{r^2}$    
  $\displaystyle =-4\pi$ (20)

となる.従って,

$\displaystyle \int_{V}\nabla^2{\left(\frac{1}{r}\right)}\mathrm{d}V=-4\pi$ (21)

となる.これと,式(16)とデルタ関数の定義から,

$\displaystyle \nabla^2\left(\frac{1}{r}\right)=-4\pi\delta(\boldsymbol{r})$ (22)

とかける.これで,式(15)が証明できた.これは,今後しばしばお 目にかかる式である.ただし,積分を行うときに重要な意味があることを忘れてはならな い.

ところで,式(21)は不思議な式である.被積分関数は原点を除 いてゼロである.原点の値は不定であるが,積分を行うとちゃんとした値になる.

図 3: 原点が積分領域に含まれない場合
\includegraphics[keepaspectratio, scale=0.7]{figure/soto.eps}
図 4: 積分領域に原点が含まれる場合
\includegraphics[keepaspectratio, scale=0.7]{figure/laplace_delta.eps}

2.3.2 特異点が任意の位置

2.3.2.1 ラプラス演算子が $ \boldsymbol{r}$に作用する場合

次に被積分関数の特異点の位置を変えてみよう.先ほどは原点に特異点があったが,ここ では位置 $ \boldsymbol{r}^\prime$に特異点を移動する.この場合,明らかに

$\displaystyle \nabla^2\left(\frac{1}{\vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime\vert}\right)=-4\pi\delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime)$ (23)

となる.このとき, $ \vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime\vert=\vert\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{r}\vert$という関係も満 たす.絶対値--位置ベクトル $ \boldsymbol{r}^\prime$ $ \boldsymbol{r}$の距離--はどちらを基準にし ても変化がないからである.これより,

$\displaystyle \nabla^2\left(\frac{1}{\vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime\...
...)=\nabla^2\left(\frac{1}{\vert\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{r}\vert}\right)$ (24)

が得られる.

また,デルタ関数の性質より, $ \delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime)=\delta(\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{r})$である.デルタ関数の 定義の式(13)に関する矛盾はない.次に式 (14)に関しては,実際に計算してみる.途中,変数変換 $ \boldsymbol{x}=\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{r}$を使うと,

$\displaystyle \int_{-\infty}^{\infty}f(\boldsymbol{r})\delta(\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{r})\mathrm{d}V$ $\displaystyle =-\int_{\infty}^{-\infty}f(\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{x})\delta(\boldsymbol{x})\mathrm{d}V_x$    
  $\displaystyle =\int_{-\infty}^{\infty}f(\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{x})\delta(\boldsymbol{x})\mathrm{d}V_x$    
  $\displaystyle =f(\boldsymbol{r}^\prime)$    
  $\displaystyle = \int_{-\infty}^{\infty}f(\boldsymbol{r})\delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime)\mathrm{d}V$ (25)

となる.これから, $ \delta(\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime)=\delta(\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{r})$がいえるの である.こんな面倒なことをしなくても,直感的に理解できるだろう.

ここでの結果をまとめると,次のようになる.

$\displaystyle \nabla^2\left(\frac{1}{\vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime\...
...ol{r}-\boldsymbol{r}^\prime) =-4\pi\delta(\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{r})$ (26)

2.3.2.2 ラプラス演算子が $ \boldsymbol{r}^\prime$に作用する場合

次に, $ \boldsymbol{r}^\prime$に作用するラプラス演算子

$\displaystyle \nabla^\prime=\left( \if 11 \frac{\partial }{\partial x^\prime} \...
...\partial z^\prime} \else \frac{\partial^{1} }{\partial z^\prime^{1}}\fi \right)$ (27)

を導入する.先ほどの結果から,明らかに

$\displaystyle \nabla^{\prime 2}\left(\frac{1}{\vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r...
...ol{r}-\boldsymbol{r}^\prime) =-4\pi\delta(\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{r})$ (28)

の関係がある.すべての変数を,プライムの付くものと付かないものを入れ替えただけで ある.

2.3.2.3 まとめ

これらの結果をまとめると,

$\displaystyle \nabla^2\left(\frac{1}{\vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime\...
...ol{r}-\boldsymbol{r}^\prime) =-4\pi\delta(\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{r})$ (29)

となる.プライムが付くものと付かないものを入れ替えてよいのである.これは後々,か なり便利に使える.

この入れ替えができる演算は限られており,次のような場合は入れ替えができないことに 注意が必要だ.

$\displaystyle \nabla\left(\frac{1}{\vert\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}^\prime\ve...
...a^{\prime}\left(\frac{1}{\vert\boldsymbol{r}^\prime-\boldsymbol{r}\vert}\right)$ (30)


ホームページ: Yamamoto's laboratory
著者: 山本昌志
Yamamoto Masashi
平成19年7月5日


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