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真空
圧力計算
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真空の圧力の計算方法加速器では真空が極めて重要な技術です. 目次はじめに定常状態の真空の圧力分布の計算はそれほど難しいものではないですが,初心者にとっては分かりにくい部分も多々あります.分かりやすく簡潔に書かれた教科書がないことも,その一因と考えています.出回っている教科書は詳しく書かれている反面,初心者が二時間程度で理解し,真空度に関する計算が開始できるとも思えないです.そこで,加速器設計のエンジニアーが必要な計算式を短時間で理解できるように WEB ページをまとめました. 短時間で計算方法を習得することを目的に記述したため,本書では物理的な説明は端折っています.その代わり,容易に実際の圧力分布の計算ができるように,見通しの良い式を示します.真空パラメーター (真空度,排気速度,到達真空度,ガス放出量,コンダクタンス) については,読者にある程度知識があるものと仮定します.これらのパラメーターは直感的に分かる物理概念なので,これらが分からなくも本ページの内容の大部分は理解できるでしょう. ここで取り扱っている内容は,気体の流れが分子流となる高真空の問題に特化しています.それゆえ,そこで起きている現象は単純です.粘性や分子間の衝突などの面倒な問題を考える必要がないからです.したがって,先に示した真空のパラメーターの物理的な内容は非常に単純になります.この分子流をイメージして,本ページを読んで頂きたいです. 真空計算の基本ここでは,誰でもが真空計算ができるようになるために,その最も基本的な話をします.もう少し,きちんとした理解をするためには,参考資料 [1] を勧めます.筆者も,この文献を参照しながら書きました. チェンバーがひとつの場合まずはじめに,チェンバーをポンプで真空引きする場合について,説明します.ここでは,真空度と排気速度,到達真空度,ガス放出量の関係の理解が必要です. 図1に示すチェンバーの到達真空度 $P$ [Pa] は \begin{align} P=\cfrac{Q}{S}+p \end{align} となります.ここで,$S$ はポンプの排気速度 [m3/sec], $p$ はポンプの到達真空度 [Pa],$Q$ はチェンバーからの全ガス放出量 [Pa m3/sec] です.ポンプの到達真空度が十分低い場合,チェンバーの真空度はガス放出量とポンプの排気速度で決まります.ライナックでは,ほとんどこの状況が成り立ちます.高い真空度を得るためにには,ガス放出量を小さくしなくてはなりません.そのためには,真空容器の表面処理と取り扱いが重要になります. 単位から想像がつくように,ガス放出量は放出されるガス分子数に比例します.高真空の場合,これは真空度に関係なく,一定の値になります. チェンバーがふたつの場合ライナックの様な大規模なシステムの真空系は,先に述べたひとつのチェンバー,ひとつのポンプということなく,複数の機器から構成されます.このような場合,機器間の接続はコンダクタンスという物理量で表現することができます.ここでは,コンダクタンスというものを二つのチェンバーから構成される系 (図2) を使い説明します. 図1との違いは,結合穴を通して二つの真空系が接続されていることです.実際の装置では結合穴は,パイプであったり穴であったりとさまざまな形状をしています.どれも分子の移動が起きていることに変わりがありません.チェンバー 2 から 1 への流量 $q_1$ は, \begin{align} q_{1}=C_{12}(P_2-P_1) \end{align} となります.圧力差に比例した流量があります.$C_{12}$ はコンダクタンス [m3/sec] で,分子の移動確率に比例した量です.この単位が排気速度と同一であることに注意して下さい.この式は, \begin{align} q_{1}=C_{12}P_2-C_{12}P_1 \end{align} と書き直すことができます.チェンバー 1 への流入量は $P_2$ の圧力に比例し,流出量は $P_1$ に比例すると理解します.その比例定数がコンダクタンスです.分子流の場合,チェンバーの接続部を通しての「1 → 2」と「2 → 1」の流れは独立なので,このように考えることは可能です. さらに,コンダクタンスは, \begin{align} C_{12}=C_{21} \end{align} となります.「マックウェル悪魔」が悪戯をしない限り,「1 → 2」と「2 → 1」の分子の移動確率は同一になるからです.したがって,チェンバー 2 からチェンバー 1 に流入する流量は, \begin{align} q_{1}=C_{12}P_2-C_{21}P_1 \end{align} と書き直すことができます.これは,線形代数の規則に則ったかなり見通しの良い式です. このコンダクタンスは,二つのチェンバーを接続しているパイプや穴の形状や寸法,さらに通過する分子の速度の関数です.実際にこれの計算はかなりやっかいなので,文献の値を引用することになります.たとえば,参考文献 [2] には,様々な場合のコンダクタンスが記載されています. ここで説明したコンダクタンスを通しての流れは,チェンバー内面の放出ガス量と区別することはできません.したがって,チェンバーの真空度は前節の式から, \begin{align} P_1=\cfrac{Q+C_{12}P_2-C_{21}P_1}{S_1}+p_1\\ P_2=\cfrac{Q+C_{21}P_1-C_{12}P_2}{S_2}+p_2 \end{align} と書き表すことができます.このままでは,極めて見通しが悪いので,次のように変形します. \begin{align} \begin{bmatrix} S_1+C_{21} & -C_{12} \\ -C_{21} & S_2+C_{12} \end{bmatrix} \begin{bmatrix} P_1\\ P_2 \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} S_1p_1+Q_1 \\ S_2p_2+Q_2 \end{bmatrix} \label{eq:vac_P_two} \end{align} これで,見通しの良い式になりました.この連立方程式を計算すれば,それぞれのチェンバーの真空度$(P_1,\,P_2)$ が計算できます. 複雑な真空システムの場合さらに,複雑な真空システムの場合,数多くのポンプやチェンバー,パイプが相互に接続されています.このような場合でも,ひとつのチェンバーに着目すると,図3 の通りポンプとコンダクタンスを通して他のチェンバーに接続されている単純なシステムとすることができます. 二つのチェンバーの真空の式\eqref{eq:vac_P_two}から,この図で着目しているチェンバー ($i$) は, \begin{align} (S_i+C_{ji}+C_{ki}+C_{\ell i}+C_{mi})P_i -C_{ij}P_j-C_{ik}P_k-C_{i\ell}P_\ell-C_{im}P_m =S_ip_i+Q_i \end{align} が成り立つことは,明らかです.その他のチェンバーも同様な式が成り立ちます. さらに一般化を進めると,$N$個のチェンバーから成り立つ系では,次の連立方程式が得られます. \begin{align} \begin{bmatrix} S_1+\sum_{k=1}^{N}C_{k1} & -C_{12} & -C_{13} & \cdots & -C_{1N} \\ -C_{21} & S_2+\sum_{k=1}^{N}C_{k2} & -S_{23} & \cdots & -C_{2N} \\ -C_{31} & -C_{32} & S_3+\sum_{k=1}^{N}C_{k3} & \cdots & -C_{3N} \\ \vdots & \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ -C_{N1} & -C_{N2} & -C_{N3} & \cdots & S_N+\sum_{k=1}^{N}C_{kN} \end{bmatrix} \begin{bmatrix} P_1\\ P_2\\ P_3\\ \vdots \\ P_N \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} S_1p_1+Q_1 \\ S_2p_2+Q_2 \\ S_3p_3+Q_3 \\ \vdots \\ S_Np_N+Q_N \end{bmatrix} \label{eq:vac_P_general} \end{align} この連立方程式を解けば,どのような複雑な真空系でも真空度を求めることができます.ただし,$C_{ii}=0$ とします.また,チェンバー $i$ と $j$ が直接接続されていない場合も,$C_{ij}=0$ とします. このようなことから,式\eqref{eq:vac_P_general}の左辺の行列の非対角成分はチェンバー間の接続を表していることが分かります.対角成分は排気速度です.右辺の非同次項はガス放出量です. コンダクタンスとガス放出が混在前節「真空計算の基本」で示した方法では,パイプが比較的長く,そこでガス放出するような場合の取り扱いができません.計算を簡単にするために,コンダクタンスおよびガス放出を担うシステムを分けているためです.ここでは,コンダクタンスとガス放出が混在するような機器の近似計算方法を示します. 図4の真空システムの真空度を計算する場合,中央の長尺パイプの取り扱いが面倒です.ガス放出の領域とコンダクタンスの領域が分離できていないため,式\eqref{eq:vac_P_general}が適用できないです. この問題を解決するのは,簡単です.図5に示す通りパイプを中央で分割し,その中心に仮想のチェンバーを挿入すれば計算可能です.そのチェンバーからパイプの全放出ガスがあります.そして,その両側に 2 倍のコンダクタンスのパイプを取り付けます.ちょうど電気回路の問題を分布定数ではなく,集中定数で計算する手法に似ています. パイプが長くなると,この二分割では計算精度が低下します.この問題は,図6のように分割数を増やすと解決できます. 長尺パイプにポンプが接続前述の「真空計算の基本」で示した方法では,チェンバーとポンプの間にはコンダクタンスを無視しました.ここでは,コンダクタンスとガス放出がある長尺パイプにポンプを接続した場合の計算方法を示します. 図7に示すように取り扱えば,この問題は簡単に解決できます.長尺パイプのは,前節「コンダクタンスとガス放出が混在」の通りとすることができます.その先にガス放出がないチェンバーを仮定し,それにポンプを取り付けるモデルとします.これで,式\eqref{eq:vac_P_general}を使った評価が可能となります. まとめ本ページでは,加速器の真空度の分布を計算する基本的な手法を説明しました.ここで導いた式\eqref{eq:vac_P_general}を解くことにより,定常状態の真空度の分布が計算可能です.さらに,コンダクタンスとガス放出が分離できない場合の取り扱いも説明しました.計算に必要な式は全て揃っています. ページ作成情報参考資料
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